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師走、年の瀬、そして新年を迎えるこの時期の趣きというか風情というものが、何とはなしに薄れていくように毎年感じているが、それでも子供たちの冬休みが始まり、大人たちの仕事も 「今日までだよ」 という声をきいていると 「ああ今年ももうすぐそこで終わるんだな」 という気持ちになる。ただその気持ちに至るまでの色々と入り組んでいた町全体の雰囲気というものが薄らいでいるのも事実なような気がする。その一言では言えない感情に直接くる刺激というものが、年を重ねるごとに減ってきているのは少しさびしいが、また新しい年を迎えられるという気分は悪くはない。 谷保路地裏に入っていって、赤提灯「婆差羅」の扉をガラガラと開ける。二週間も空けていた訳ではないが 「久しぶりだなあ」 とおもいながら店の中に上がる。 Lの字のカウンターの両隅には、ボクよりも年配な二組のカップルが陣取っていたので、ホームベース席に座ろうとしたら、L字の長い方の奥で飲んでいた紳士が 「やああ、久しぶり」 とボクに声をかけてくれたので見ると、婆娑羅ではご一緒させていただいたことはないが、この場所が「文蔵」という店だったときにはよく、一人でその板の上で飲んでいたボクに、盛んに楽しい話しをきかせてくれた通称「静かな山田さん」だったので驚いて喜んでL字の長い方の奥に席を移す。 山田さんが隣りの女性を 「家内です」 と紹介してくれたので、これはこれはという感じで 「桜井と申します。ご主人にはお世話になってまいりました」 というと奥さんが 「こちらこそお世話をおかけしていました」 と言うものだからボクは 「そんなことは絶対にありません」 と即答する。ボクが山田さんの世話になったことはあったにせよ、ボクが山田さんの世話をしたことなど絶対にないからである。 婆娑羅店主にホッピーと煮込みを頼む。ボクの板に出てきたホッピーで、山田さんご夫妻と乾杯する。今夜もカミさんには内緒で、ちょっとだけ寄っていこうとおもった婆娑羅だったが、こういうことになると 「やっぱり来て良かったなあ」 という気持ちがすべてにおいて大きくなる。まだ飲み始める前にそうなのだから、その気持ちは大事にしないといけないとこういう際ボクはいつもおもう。 濃い目のホッピーをグビッと飲んでから山田さんの奥さんに 「ここが文蔵だったときにですね、山田さんというお客さんが他にもいたものですから、ボクたちはご主人を静かな山田さんと呼んでいました」 と言うと山田さんが 「それはさあ、別に僕が黙って飲んでいた訳ではないんだけれどもね、もう一人の山田さんの声が大きかったんだよね」 と言ったのでボクも 「そうです。声を出す分量が同じでも、その声の大きさで印象はずい分違いますからねえ」 と言って、山田さんご夫妻とゲラゲラ笑う。ボクにはもう一人の山田さん、通称「うるさい山田さん」もとても世話になってきた大好きな人だ。今ボクと酒を飲んでいる「静かな山田さん」も、もう一人の山田さんのことは文蔵時代からよく知っているから、そこには懐かしいような同志のような気分が混ざる。そういうことが文蔵という店で起こっていた。その文蔵でボクは閉店三年前からのドン尻の客だったので、そのはるか前からその店に通っていた二人の山田さんや、そのほかたくさんの常連客からすれば、ボクが面白がっている以上なおもいを抱えているに決まっている。そのことではかなわないことをボクは分かっているが、話しをきいているだけで腹を抱えて笑ってしまうことがたくさんあって、そういうことはきいていて絶対に損はない。そういうところに本当の文化があるとボクはおもっている。しかし、酒の席でのボクの振る舞いを知っている顔見知りたちは、ボクのことを決して文化という一言では許してくれない。 この晩も、文蔵時代のボクのことをよく憶えている山田さんから 「そういえば桜井さんは、よく文蔵のお母さんから叱られていましたよねえ」 と言われたから参った。 「それでも奥でモツを切っていた文蔵さんが出てきてお母さんに、お前は酒飲みの気持ちが分からねえんだって言って、桜井さんに酒をドンッて出していた光景を憶えてますよ」 と言って笑っているのでボクは困って 「それは本来の酒飲みの姿ではありませんよね。酒飲みっていうのは、酒をゆっくりゆっくり時間をかけて飲んで、その時間を楽しもうというのが正しい姿でしょう」 とボクが言ったら、どうやら酒が嫌いではないらしい山田さんの奥さんも一緒に大笑いしている。 「そうなんですよ本来ならね。だけどそれはなかなか出来るものじゃない」 と、どう見たっていつも大人飲みな山田さんがそう言うものだからボクは 「山田さんは酒で失敗したことなんてないでしょう」 と言ったら山田さんは 「アハハハ」 と笑ったあと、数々の失敗談を穏やかにきかせてくれたのでボクは唸るしかなかった。それにしても、ボクの酒の上での失敗に比べたらはるかにカッコの良いものである。 婆娑羅店主にガツとレバーを頼む。 山田さんご夫妻はそろってホッピーを頼んだ。 「えええ、今からホッピーですかああ」 ボクは驚いたが、われ関せずという感じで山田さんは 「昔ね、僕が一人暮らししていた町に、安くてありがたい文蔵みたいな店があってね」 という話しをきかせてくれた。何でもホッピーはおもいでの味であるらしい。それにしたって酒を飲んでおいてそこからホッピーというのは危険すぎるとボクはおもったのだが、ゲスの勘ぐりである。 久寿玉を飲みながら、ボクはこの晩山田さんご夫妻と楽しい時間を過ごした。 その場所はかつて文蔵という店で、こんなに飲んでいたらボクはその店のお母さんから店を叩き出されていただろう。 今は婆娑羅というその店で、その場所が文蔵という店だったことを知っているご夫妻と時間を共にした。そのあと、婆娑羅からの客が次々その店に入ってきて、板の上は一杯になった。顔見知りの客もいるから 「やあやあ」 という感じになる。隣りの山田さんが 「文蔵だったらもう店を放り出されていたんじゃないですか」 と言ってクスクス笑っている。ボクもそうおもっている。そうおもいながら、文蔵の酒「久寿玉」をもらう。 夜はその内に明け、また朝が来る。 新年もそんな風にやって来るが、そのときばかりは、例えばクリスマスやどんな日よりも特別なんだと、ボクはおもっている。 山田さんご夫妻は、刺身二点盛りを肴にホッピーを飲んでいる。ボクはそのお二人の話しをききながら、ポテトサラダを肴に久寿玉を飲んでいた。今年がもうすぐ終わることは分かっているが、この時間がいつまでも続けばいいなとおもいながら、婆娑羅店主の 「もう帰った方が良いですよ」 という顔もチラッと見ていた。 婆娑羅店主は、ちゃんとそういう顔をしていた。 世の中というのは、年が変わるという以上に、なかなかに難しいものである。 |
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