Walking on the street-424 仕事を終えて家に帰る。 十九になる娘がテレビに映っているウエンツを見て 「うーん、良い男だなあ」 と言っている。 ボクにはコタンのスタッフだったタティの方が余程良い男に見えるのだが、こういうのを 「ジェネレーション・ギャップ」 というのかも知れない。 2011年3月27日の雄作バンド・ワ… トラックバック:0 コメント:0 2011年05月30日 続きを読むread more
Walking on the street-423 ボクは中学に進学したころ、暗い時代を過ごしていた。今でも明るい人物とはいえないが、あの時代はヒドいものだった。 ラジオがともだちだった。TBSラジオがお気に入りで、久米宏の 「土曜ワイド」 は一週間の終わりに刺激を与えてくれる妙薬だった。その番組にチャンネルを合わせて 「クスクス」 笑っていたものだ。 たまに… トラックバック:0 コメント:3 2011年05月24日 続きを読むread more
Walking on the street-422 訳あって自転車をなくしてしまった。その訳が訳だからカミさんに新しい自転車をすぐに買ってほしいと言えずにいる。 そんな訳でそれから、谷保にある仕事場まで歩いて通っている。自転車なら十分足らずの時間だったが、歩くとこのあいだ計ってみたら三十分だった。 「やれやれ」 とおもいながら始めた徒歩通勤だが、谷保の田園地域を縦断すること… トラックバック:0 コメント:4 2011年05月19日 続きを読むread more
Walking on the street-421 子供のころ、両親はときたま近所の町の中華料理店から出前をとってくれた。しかしその店は今考えてみれば中華料理店ではない。ただのどこの町にでもあるラーメン屋である。 その店にはカレーライスも焼き肉定食もカツ丼もあった。それだけで、その店は中華料理店ではない。しかし、その店のノレンには中華という文字が踊っているし、子供ながらにそういうも… トラックバック:0 コメント:0 2011年05月17日 続きを読むread more
Walking on the street-420 酔っ払いの話しである。 ボクは国立に暮らしているので、都心で用件があって酒を飲んだあとには、JR中央線にのって家路につくことになる。ホロ酔いならキチンと国立駅で降りて無事に帰宅することが出来るが、運良く座席につくことが出来てしまった場合、ときたま終着駅の高尾まで運ばれてしまう。上りの電車がまだある時間帯ならそれに飛びのって引き… トラックバック:0 コメント:0 2011年05月13日 続きを読むread more
Walking on the street-419 テレビやラジオのニュースが伝えるポールの結婚報道を聴いていて、何となく笑ってしまった。 ポールというのは、言わずと知れたポール・マッカートニーのことである。 各局のアナウンサーはまずこう切り出す。 「次です。元ビートルズのポール・マッカートニーさんが結婚を発表しました。マッカートニーさんはこれが三度目の結婚で、2008… トラックバック:0 コメント:3 2011年05月10日 続きを読むread more
Walking on the street-418 ポール、 ボクはあなたの大ファンの一人です。 あなたがいなかったらボクは音楽などやろうともおもわなかったことでしょう。 あなたがジョンとジョージとリンゴとでボクたちに聴かせてくれたサウンドは最高でした。 ソロになってからのあなたのアルバムもすべて聴きました。 中でも好きなのは 「レッド・ローズ・スピードウエイ」 と … トラックバック:0 コメント:2 2011年05月08日 続きを読むread more
Walking on the street-417 このあいだアメリカの精鋭部隊によって実行されたオサマ・ビンラディンに対する攻撃のオペレーションは、国際法でいえば決して許されることは出来ない行為であると、AMラジオのコメンテーターが言っていたのを今日聴いた。他国に自国の軍事力を投入して、国際テロリストの容疑者だが、仮にもその国の国民を殺害して遺体を確保するなどという行為は、普通に考えた… トラックバック:0 コメント:6 2011年05月06日 続きを読むread more
Walking on the street-416 2001年9月11日、ボクはライヴハウス四谷コタンでライヴを行っていた。大先輩の稲野真人さんの稲野バンド 「さりげない夜」 の晩だった。 稲野さんには失礼ながら、ボクは自分のライヴが終われば客席で飲んでいたはずである。そうしてその晩のライヴがどうだったのかはっきり憶いだすことは出来ないが、ライヴ終了後お客様方と一緒にまた飲んで… トラックバック:0 コメント:3 2011年05月02日 続きを読むread more
Walking on the street-415 電気はある。酒もある。タバコも、銘柄さえわがままを言わなければ手に入る。家族も無事にいつも通りの暮らしが出来ている。これ以上、何かを望んではいけない。 ボクが高校時代にバンドを組んだとき、ボクはそのバンドでベースを弾いていた。ビートルズのポール・マッカートニーがボクのアイドルだった。 今とは違って子どものときのボクはともかく… トラックバック:0 コメント:0 2011年04月22日 続きを読むread more
Walking on the street-414 ボクはセブン・スターというタバコを愛飲してきた。その銘柄も含め、タバコも町から消え始めた。 今回の東北関東大震災の被災地ではたくさんの人たちの命を失い、家を失った多くの人たちは避難所生活を余儀なくされている。 「そんなときにお前は自分が吸いたいタバコの心配をしている訳か」 という話しなのではない。 今回の震災は、これまで… トラックバック:0 コメント:0 2011年04月18日 続きを読むread more
Walking on the street-413 ボクが敬愛する作家の山口瞳さんは、晩年の随筆で 「旗亭」 というものについて書いている。 しかしその位置づけが 「はっきりしない」 としていながらであるが。 山口さんがイメージする旗亭というものを簡単に書くと 「細いが流れの早い川があって、その川が大きくカーブするあたりに一軒の茶屋がある」 のだという。そうしてその茶… トラックバック:0 コメント:0 2011年04月07日 続きを読むread more
Walking on the street-412 仕事から家に帰ると、この春に小学校を卒業したばかりの息子が 「ねえ、枝野官房長官は夜寝てるのかなあ」 というからボクは可笑しくなって 「どうしてそんなことおもうんだい」 と言ったら息子は 「だって目の下のクマが凄いよ」 と言ったので不謹慎だがボクは大笑いして 「それは仕方のないことなんだ。そういう職務についている人だからね… トラックバック:0 コメント:0 2011年03月29日 続きを読むread more
Walking on the street-411 東北の被災地の、避難所やそうではない場所で何の予告もなく心細い毎日を過ごすことになった人たちにおもいをはせている。 前項に書いたが、三鷹の「春美荘」というアパートに二十歳から暮らし始めたボクは、もちろん仕事はしていたが、給料をもらうと 「宵越しの金は持たない」 くらいの勢いで少ないお給金を使い果たし、月の半分以上は干上がっ… トラックバック:0 コメント:0 2011年03月17日 続きを読むread more
Walking on the street-410 ボクは今から二十数年前に、三鷹市内のはずれにあった 「春美荘」 というアパートで暮らし始めた。 そこにはテレビも電話も冷蔵庫も洗濯機もなかったが、不思議なことに立派なオーディオ・セットとギター・アンプだけはあって、近所の人たちのことも鑑みず、いつでもその部屋で轟音を鳴らしていた。 その内にその部屋のドアを 「トント… トラックバック:0 コメント:0 2011年03月16日 続きを読むread more
Walking on the street-409 巳年生まれの人が皆そうだと言う訳ではないが、ボクは巳年生まれで、踏まれて痛いと感じるまで、少し時間がかかる。そうして東北で起こった大地震の、とんでもない凄まじさに、今さらに身を震わせている。たぶんこの恐怖感は時間がたつにつれて大きくなっていく。 津波が、家々が立ち並ぶ港町を物凄い勢いで飲み込み、海に引き戻っていく。津波というの… トラックバック:0 コメント:0 2011年03月14日 続きを読むread more
Walking on the street-408 地球が所属する太陽系は40憶年前に誕生して、それと同じくらいの年月を重ねるとなくなってしまうのだという。はてしもない話しだが、ボクたちの寿命に照らし合わせれば、なんとなく納得もいく。つまり命というのは永遠ではない訳だ。 地球は太陽系の中に所属させてもらった。長嶋茂雄が東京のジャイアンツというプロ野球チームと契約したのと、ある意… トラックバック:0 コメント:0 2011年03月13日 続きを読むread more
Walking on the street-407 坂上二郎さんの訃報をきいた。 仕事先の二十代前半の女の娘にその話しをしたら 「その人知らない」 と言う。その話しを近くできいていた年配のお母さんが 「ええ、知らないの」 と言って驚いたのでボクは 「そら知らないですよ。でも欽ちゃんは知ってるだろ。何年か前、二十四時間テレビでマラソンしてたたれ目の人」 と女の娘に言っ… トラックバック:0 コメント:4 2011年03月10日 続きを読むread more
Walking on the street-406 今朝の朝刊に載っていた写真には驚いた。宇宙空間に浮かぶインターナショナル・スペース・ステーション通称 「ISS」 が太陽の手前を通過する写真である。 その「ISS」は、地球の上空のわずか400キロを飛行しているにも関わらず、その40万倍も離れたところにいる太陽が、谷保の天満宮から見える富士山よりも大きい。 「ISS」は何… トラックバック:0 コメント:0 2011年03月04日 続きを読むread more
Walking on the street-405 今は、ボク本意な 「Music from our house」 や 「Baseball boy」 や 「谷保路地裏の赤長提灯」 のことは置いておこう。 ボクが所属する「雄作バンド」のメンバー、P太郎と丸ちゃんが結婚することになった。 苦節何年なのかどうなのかボクは知らないが、ともかくめでたい。 ボクはP… トラックバック:0 コメント:0 2011年03月03日 続きを読むread more
Walking on the street-404 「ああ、このあいだの日曜日はあんなに暖かだったのになあ」 「昨日は国立にもミゾレが舞いましたからね」 「綾瀬じゃボタン雪が降っていやがったよ」 「それじゃあ奥多摩の方じゃずいぶん積もったかも知れませんね」 「三月にも雪が積もることがあるからな、東京でも」 「そうやって、寒いのと暖かいのを繰り返して春が来るんですよね。おお、寒い… トラックバック:0 コメント:0 2011年03月01日 続きを読むread more
Walking on the street-403 矢吹丈、について書く。彼はたぶんボクからすれば兄ちゃんあたりの年格好だったとおもう。つまりボクは泪橋の町内をチョロチョロしていたサチみたいなものだった訳だ。 戦争は終わり、空襲に怯えることもなくなり、東京ではオリンピックが開催されるまでになった。首都高速道路が東京の川の上に建設され、ビートルズが羽田空港から宿泊先のヒルトン・ホテル… トラックバック:0 コメント:0 2011年02月27日 続きを読むread more
Walking on the street-402 先日、町中の喫煙所で一緒になったおじさん(ボクも十分におじさんだが、その方はどう見てもボクより年配だった)が 「このあいだ新年を迎えたとおもったら、もう二月だもんなあ」 と、嘆くような楽しむような言い方をしたので可笑しくて、ボクはゲラゲラ笑った。 ボクは二十五歳のとき、始めての子を授かった。その子は女の子だった。 ボクと… トラックバック:0 コメント:4 2011年02月04日 続きを読むread more
Walking on the street-401 ボクは別段昭和回帰主義者ではないし、今に暮らしているただの一市民だが、前のボクのブログに友人が 「昭和」 という言葉を書き込んでいたのを読んで、ついでに昭和のことを書いておこうとおもった。昭和のことといっても漫画の話しである。 テレビをほとんど見ないボクがよく知らないのはとても申し訳ないのだが 「山ピー」 と呼ばれ親し… トラックバック:0 コメント:2 2011年01月27日 続きを読むread more
Walking on the street-400 ボクが暮らしている場所から石田大橋という橋を渡って多摩川を越えると、万願寺という寺のある町に出る。町といってもモノレールが通るようになる少し前まではさして何もない静かな場所で、しいて上げれば新撰組の近藤勇の出身地だということでは知られている。 そこから左に折れて、高幡不動尊を右に見て山あいの道を登っていくと、高幡不動駅から単線… トラックバック:0 コメント:4 2011年01月23日 続きを読むread more
Walking on the street-399 カー・ナビゲーション・システムについての話しである。 いつだったかここにも書いているが、小六の息子が所属する野球チームの遠征でボクは、三年前から我が家の車を出してチームの移動に協力するようになった。監督やコーチや選手たちを車にのせて、遠征先のグラウンドまで出かけて行くのである。。グラウンドでは子供たちとキャッチボールもロクに出… トラックバック:0 コメント:0 2011年01月20日 続きを読むread more
Walking on the street-398 寒い。四十五にもなると子供のころ昔半ズボンで飛び回っていた冬は今では過酷だ。 ボクはラジオっ子だった。だからボクの家にいるボクの子供たちにも 「ラジオは面白いぜ」 と盛んに宣伝しているのだが、彼らはラジオに耳を傾けない。 ボクは中学のころ 「FEN」 から 「アンジー」 という曲を聴いた。黒人が歌っている曲だ… トラックバック:0 コメント:6 2011年01月13日 続きを読むread more
Walking on the street-397 正月も終わり、大人も子供もいつもの日常が戻りつつある。 正月休みのあと、お母さん方に 「お休みはゆっくりできましたか」 などとウカツに声をかけてしまうと 「そんな訳ないじゃないのよ」 と一蹴りされてしまうことは少なくない。 確かに正月休みというのは、学校が休みで子供たちが家にいるだけでなく、お父さんも家にいる。そ… トラックバック:0 コメント:0 2011年01月05日 続きを読むread more
Walking on the street-396 またひとつ年をまたいだ。ボクも歳をとることになるが、子供たちもひとつずつ大きくなっていく。うかうかはしていられないが、しかし慌てることもない。 年末29日。 ライヴハウス四谷コタンの「大忘年会」にバンド・メンバーらと参加。今年最後の生演奏。諸般の事情からボクはこの店で酒を飲むことを禁じられているがこの晩は無礼講。… トラックバック:0 コメント:4 2011年01月03日 続きを読むread more
Walking on the street-395 ボクが暮らしているところから、天気さえ良ければ多摩川の向こうの南側に富士山が見える。 その多摩川の土手をたまにだが歩いていると、その土手沿いにある会社で働いている顔見知りのSさんというじいさんがボクに 「この景色だけどなあ、この景色、今だけのものなんだ。だから俺はさあ」 と言ってボクにデジタル・カメラを自慢気に見せてくれながら … トラックバック:0 コメント:0 2010年12月21日 続きを読むread more