Walking on the street-628
ボクがギターを買って握ったのは、品川区立四中に進学したとき、当時同じ上神明小学校からその中学に入学していた柴田くんの影響が大きい。
何しろ当時中学生になったばかりで、ビートルズの「ヒア・カムズ・ザ・サン」とか「ブラック・バード」なんかをギターで弾いて聴かせてくれるのである。
「こいつはスゲエな」
とおもった。
だからボクは彼の教えのままに貯金をはたいて銀座のヤハマ楽器に出かけて、F~300というギターを買った。ソフトケースだった。
それからボクの、柴田塾のギター教室が始まった。彼の家は菓子店としては大きく商売をしている家で、ボクはたいがいその店の奥の部屋に通されていたけれど、たまには二階の空いている部屋に回された。
彼がボクの家にギターをぶらさせてくると、その家のボクの部屋は狭いので
「おいおい狭いなあ」
「仕方ないだろ」
「それでこの曲は7カポでね」
「そうなのかい。こんな風に押さえる訳だな」」
「そんで、弦を巻き上げるように弾くのさ」
「こうかい」
「そうじゃなくてさ、こうだよ」
「そんなこと言われてもなあ」
「ピックが返ってくるタイミングのときがあるだろ」
「ああ」
「そこでピックをかき鳴らせば良いのさ」
このとき、ボクと柴田クンは中学一年生。それからスッタモンダがあって、中学三年生のボクたちの丁度高校受験のタイミングで、ポール・マッカートニーの武道館での日本公演が決まった。
「どうする」
「行くしかないだろ」
「やっぱりそうか」
「どう考えてもそうさ」
「だけどこっちは受験生だぜ」
「知ったことか」
そうしてボクたちは青山のウドー音楽事務所が用意した整理券をもらいに奔走した。時には新宿の今の何と言うか、副都心前の何にもない砂漠のような場所で待ったりして
「これで買えるのかなあ」
という感じだけれど
とうとうチケットを手に入れた。
「もう、大丈夫」
「本当にポール・マッカトニー&ウイングスのチケットかい」
「お前、俺を少しは信用しろよな。ポールの武道館チケットだ」
というチケットは、1980年1月に予定されていたポール・マッカートニーの武道館コンサートのものであった。その当時の受験生にとっては、何か実弾を隠し持っているような心持ちで落ち着かずに、ポールの来日を待っていた。
そうしてポール・マッカートニーが成田空港に降り立ったのが1980年1月16日。マリファナ不法所持でポールは現行犯逮捕で成田から桜田門に直行。予定されていた七公演はすべてぶっ飛んだ。
当時、武道館のそのチケット代は3800円。2015年のポールの武道館公演アリーナ席は十万円だったというから、どちらにしても
「ワオオ」
である。
それにしても、ボクはポールに長嶋茂雄を感じてしまうのである。もうどうしようもなく別格なのだ。たぶんリバプール生まれのポールは長嶋のこともイチローのことも知らずに暮らしているに違いないけれど、それは仕方ない。それは、この世の中でジョン・レノンのことを語れる、たぶん最後の人物なのだから、王貞治も、ピート・ローズも、知らなくて良い訳で、ポール・マッカートニーは長嶋なんか一切知ったこっちゃないのである。
それでね、ポールのことを少しも知らないタバコ屋のおばちゃんがいたりするのがまた可笑しい。
Paul MaCartney
out there tour 武道館 Tokyo Japan
https://www.youtube.com/watch?v=tLlGfTkcJNY
何しろ当時中学生になったばかりで、ビートルズの「ヒア・カムズ・ザ・サン」とか「ブラック・バード」なんかをギターで弾いて聴かせてくれるのである。
「こいつはスゲエな」
とおもった。
だからボクは彼の教えのままに貯金をはたいて銀座のヤハマ楽器に出かけて、F~300というギターを買った。ソフトケースだった。
それからボクの、柴田塾のギター教室が始まった。彼の家は菓子店としては大きく商売をしている家で、ボクはたいがいその店の奥の部屋に通されていたけれど、たまには二階の空いている部屋に回された。
彼がボクの家にギターをぶらさせてくると、その家のボクの部屋は狭いので
「おいおい狭いなあ」
「仕方ないだろ」
「それでこの曲は7カポでね」
「そうなのかい。こんな風に押さえる訳だな」」
「そんで、弦を巻き上げるように弾くのさ」
「こうかい」
「そうじゃなくてさ、こうだよ」
「そんなこと言われてもなあ」
「ピックが返ってくるタイミングのときがあるだろ」
「ああ」
「そこでピックをかき鳴らせば良いのさ」
このとき、ボクと柴田クンは中学一年生。それからスッタモンダがあって、中学三年生のボクたちの丁度高校受験のタイミングで、ポール・マッカートニーの武道館での日本公演が決まった。
「どうする」
「行くしかないだろ」
「やっぱりそうか」
「どう考えてもそうさ」
「だけどこっちは受験生だぜ」
「知ったことか」
そうしてボクたちは青山のウドー音楽事務所が用意した整理券をもらいに奔走した。時には新宿の今の何と言うか、副都心前の何にもない砂漠のような場所で待ったりして
「これで買えるのかなあ」
という感じだけれど
とうとうチケットを手に入れた。
「もう、大丈夫」
「本当にポール・マッカトニー&ウイングスのチケットかい」
「お前、俺を少しは信用しろよな。ポールの武道館チケットだ」
というチケットは、1980年1月に予定されていたポール・マッカートニーの武道館コンサートのものであった。その当時の受験生にとっては、何か実弾を隠し持っているような心持ちで落ち着かずに、ポールの来日を待っていた。
そうしてポール・マッカートニーが成田空港に降り立ったのが1980年1月16日。マリファナ不法所持でポールは現行犯逮捕で成田から桜田門に直行。予定されていた七公演はすべてぶっ飛んだ。
当時、武道館のそのチケット代は3800円。2015年のポールの武道館公演アリーナ席は十万円だったというから、どちらにしても
「ワオオ」
である。
それにしても、ボクはポールに長嶋茂雄を感じてしまうのである。もうどうしようもなく別格なのだ。たぶんリバプール生まれのポールは長嶋のこともイチローのことも知らずに暮らしているに違いないけれど、それは仕方ない。それは、この世の中でジョン・レノンのことを語れる、たぶん最後の人物なのだから、王貞治も、ピート・ローズも、知らなくて良い訳で、ポール・マッカートニーは長嶋なんか一切知ったこっちゃないのである。
それでね、ポールのことを少しも知らないタバコ屋のおばちゃんがいたりするのがまた可笑しい。
Paul MaCartney
out there tour 武道館 Tokyo Japan
https://www.youtube.com/watch?v=tLlGfTkcJNY
"Walking on the street-628" へのコメントを書く