中河原の梅花皮亭-3

京王線中河原の駅をボクは毎日通勤で使っているから、その駅前のバスロータリーから鎌倉街道をまたいだその軒先に、梅花皮という旨いラーメンを出してくれる店があることをボクは知っている。その店に寄ってラーメン屋であるその店でラーメンを頼まずお酒ばかり飲んでいるのが常なのであるけれど、近頃は振る袖も乏しく、またライヴハウス四谷コタンでのワンマンライヴを控えていることもあって、土日祝日は曲作りやらバンドの連中に渡す新曲の音源の録音やらそのあとの酒席に追われて、すっかりご無沙汰していたようである。そのワンマンライヴのことはお店のお父さんとお母さんにも話しをしていたので、出来上がったチラシを持ってさっき店に立ち寄った。

「あらあら久しぶり。どうしてたの。夕べも先生と話しをしてたのよ。桜井ちゃんはここ三週間顔を出さないって」
「そんなになりますか。生ビールを下さい」
「あと梅しそ納豆ね」
「アハハハ、そうです。お願いします。灰皿借りますよお」
「ああ、どうぞ。テレビつける」
お客はボクの他、誰もいない。
「お母さん、見たい番組があるんですか」
「ないない」
「それじゃあボクも無音で結構です」
生ビールが出て来る。そいつを飲む。旨い。

「忙しかったの」
「うーん、まあ、貧乏ヒマなしといいましょうか」
「これ食べてみて」
生タコの酢の物、旨い。

「あっ、そうそう。ボクたちの今度のワンマンライヴのチラシが出来がったのでね、持ってきました」
「あらそう。へええ。この、ドランカーズって人たちは何なの」
「ああ、京浜地区で大変な人気を誇っているバンドです」
「へええ。そういう人たちが、桜井ちゃんのライヴを手伝ってくれるの」
「まあ、何の因果か、そういうことになってまして」
「でも何だか変よ。ネパール池田なんて、大丈夫なの」
「会えば、良い奴です」
「桜井ちゃんは大井町の出身よね」
「そうです」
「この人たちもその辺りの人たちなの」
「まあ、京浜地区です」
「そおお」

お酒と、梅しそ納豆をもらう。これ絶品。ボクはあちこちのお店を飲み歩くようなマネが出来る身分ではないが、作家の山口瞳さんが書いていた
「同じ菊正宗を飲むにしても、店によって、その器によって味が丸で違う」
という境涯が少し分かってきたかも知れない。

お客のいなかった梅花皮亭にも、続々とお客が入ってきた。

「肉野菜定食」

「正油ラーメン大盛り」

「このあいだはさあ、辛かったんだマーボ豆腐。今日は少し抑えてもらえるかい」
「大丈夫ですよ」

店の中からガラス戸越しの鎌倉街道を眺めて
「お母さん、お愛想。またゆっくり来ますね」
と言って、他のお客さんの邪魔にならないよう勘定をすます。



桜井雄作と北爪清史と佐藤亮
「きみがいない」
https://www.youtube.com/watch?v=ExmwzhWZXUc








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