Baseball boy-105

夏の甲子園高校野球大会予選、西東京大会の決勝戦、日大三高対都立日野高のテレビ中継を、谷保の中華そば屋に観戦しに行く。


「あら、良いの家を留守して」
そう言う店のお母さんに、ビールを頼む。
「野球が終わってしまった息子は、昼から塾なんです。一人でテレビ観戦も何だから、野球が好きな人たちのいる店に来ました」
「ああそうか。息子さんもう受験モードなのねえ」
厨房のお父さんに目を向けたら
「一点先制された。でもその程度で良かったよな。まだ始まったばかりだ」
と言っている。テレビ画面を見たら、三回表の日大三高の攻撃が始まるところだ。

「でも大したもんですよね、決勝ですよ」
「そうだよ。で、ここまで来たらっておもうだろう」
「お宅の息子さんも、高校に行って野球続けてくれたら良いのにねえ」
NHKのアナウンサーが、西東京大会で都立高校が決勝を勝ち抜いて甲子園に駒をすすめたなら
「三十三年前の国立高校以来ということになります」
と熱く語っている。
テレビ画面を通して見えるその神宮球場のスタンドは、スワローズ戦でも見ることが出来ないほどの超満員である。

「そのときの決勝の相手チーム、どこだったか憶えてらっしゃいますか」
と、コップのビールを飲み干してボクが言ったら、お父さんもお母さんも
「あのときはね、まさか勝つとはおもっていなっかったんだよ」
「だから、勝って甲子園に行った第一試合の箕島高校戦でしょ。そのことはよく奧えてるのよ。一生懸命見ていたんでしょうね」
「ご商売なさりながらですか」
「そうそう、このテレビの二代くらい前のだったんじゃない。0対4だったわよ。ねえ、お父さん、0対4だったわよねえ」
厨房の奥から材料を引っぱり出しているお父さんが
「ああそうだ。良いゲームだった」
と言った。三十三年前かあ、とおもう。


お母さんに常温のお酒を頼む。他の客は、銘々その店の定食を片づけている。

三回表、日野高がグラウンド・ボールを処理する際にマズい守備が複数絡み、3点を献上。0対4。
「三高に、五点目を許したらいかんね」
と、厨房から客席に出て来たお父さんが、誰に言うでもなく言う。
その通りだ。

そこから日野高のエース池田くんはナイスピッチングで踏ん張る。守備陣も池田くんを盛り立てる。
猛打を誇る三高に得点を許さない。
しかし、三高のエース大場くんの憎ったらしいほどのピッチングと、隙のない守りで、日野高は得点することが出来ない。何しろ塁にランナーを出せない。


「ホントに国高はこの決勝で勝ったんですか。相手は日大三高みたいな私立の強豪だったはずですよね、間違いなく」
ボクが冗談まじりにそう言ったら、店のお母さんとお父さんは真顔で
「そうだよなあ。信じられないだろ。でも勝って、甲子園に行ったんだよ」
と言った。

店に入ってくる客は皆、身体をよじってテレビの方を見ている。
「日野高かい、そこの都立の」
「ええ、そうです。川向こうの。大したもんですよね」
「決勝で、三高とやってるの」
「そうですよ」
「スゴいな」


三多摩地区に暮らしている野球好きは、日大三高がいかに強いかをよく知っている。
日大鶴ケ丘も、早稲田実業も、野球に熱心な学校だが、三高は毎年、抜きん出たチーム力で大会に参加してくる。その三高に、決勝戦で戦いを挑んでいるのは都立日野高校なのが小気味良い。

そのとき、テレビ中継の画面が
「ニュースです」
となり、NHKのスタジオから女の人のアナウンスと物凄い豪雨の映像が映し出されて
「島根県山口県で、これまで経験したことのない豪雨が降りました」
と伝えている。
店主と
「これまで経験したことのないっていうのは、どういうことでしょうか」
「たぶん、物凄い雨だったんだろうけどね」
「経験したこともないっていうのは」
「まあ、物凄いってことだろう」


日野高は八回に1点を失い0対5。
「お酒を下さい」
「経験のない大雨って、一体どんなだろうね」
「知りませんが」
「まだ飲むのかい」
「今日は日野高校におつき合いするんです」
「日野高は迷惑だとおもってるぜ」
「しかし、経験のない大雨ってのは、分かりやすいよねえ」
「アハハ、そうかも知れませんね。確かに」
「そうだろ。誰も見たこともない大雨だってことだ」
「つまり、大雨だ」
「ああそうだ」
「土地の人はさぞご苦労だろうな」
「さっきテレビで映ってたのは、私の故郷なんだよ」
「へええ、そうなんですかああ」
「山をひとつ、隔ててね。私の故郷があります」
「それにしても、この1点は重いなあ」
「ああ、重い」
「三回の3点がなけりゃよかったのに」
「お母さん、そういう訳にはいかないんです」


0対5、
都立日野高校敗れる。放ったヒットは二本。
しかしこの大会準決勝まで毎試合10点以上の二桁得点で相手を寄せつけずに勝ち上がってきた三高相手にこの結果は、善戦だった。よくやったなあ。

今年の都立日野高校野球部は、これまで経験したことのない結果には至らなかったけれど、ホントに良い試合だった。谷保の中華そば屋では、客の注文に応えるお父さんお母さん、それと、決して多くはない客たち、それからお酒ばかり飲んでラーメンを頼まない不届き者で一喜一憂した。そうして、涙もろいお母さんと酔っている客は、目に一杯涙を溜めていたそうである。








ザ・ビートルズ
「へイ・ジュード」
http://www.youtube.com/watch?v=V3jCYm_QGZQ
























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