谷保路地裏の赤提灯-114
谷保路地裏に足を踏み入れて、赤提灯「婆裟羅」の扉をガラガラと開けて店に上がる。
知った人がいると
「やあやあ」
という感じになる。ボクはその人の隣りの板に座って、近頃はホッピーばかり頼む。
そうして板の向こうからホッピーと一緒に、おしぼりとお通しが出てくるのだが、最近婆裟羅店主の元で焼き物担当をしている田口くんがそのお通しに色々とアイディアを出しているようで、その日は
「穴子の背骨の揚げ物」
が出て来た。
「旨いよこれ」
と言ったら田口くんは
「意外に手間がかかりました」
と苦笑いをしている。赤提灯道はボクたちのような酔っぱらいが板の外でおもっている以上に、奥が深いのである。
タンとカシラを二本ずつ塩で頼む。この店でわがままを言ってガツのしょうゆ焼きを品書きに加えてもらったのは、この場所が「文蔵」という赤提灯だったころからの、ボクを含めた常連たちであるから、ボクはいつもそのガツのことは気にかけている。ただホッピーを飲み始めていただく婆裟羅のタンとカシラの塩焼きは特別なような気がボクはしている。こんなことを言っては何だが、婆裟羅がこの場所で赤提灯を灯した四年近く前、そのモツ焼きの粒は小さかった。ボクはそれに文句があった訳ではない。品代からして正当だとおもっていたし、婆裟羅には婆裟羅の流儀があることはボクたち客も理解しなければいけない。ところが、今婆裟羅に行ってモツ焼きを頼んでみると、その炭で焼かれる肉の粒がほど良く大きくなっている。その大きさを文蔵と比べてはいけない。文蔵は極端に言えば
「モツ焼きの店」
つまり、モツ焼きを下手に頼んだらもう何も腹に入らない、という店だったが、婆裟羅は他にも品の良い品を数多くそろえている赤提灯である。だからそのモツ焼きの大きさは、他の品にも触手がのびるちょうど良い大きさだといえると、ボクは勝手におもっている。それからモツ煮込みを食べて飲んでも、最後には「ねぎそば」にいけるぞお、という具合である。
ボクは婆裟羅ではたいてい酔っぱらっているから、その店の肴のことも、酒のこともよく分からないで飲んでいることが多いが、文蔵時代からの常連たちがわがままを言って、文蔵が出していた唯一の酒
「久寿玉」
を
「婆裟羅でも置いてくれよ」
という声に応えて婆裟羅店主が店に置いてくれるようになったその酒を、たぶん最後にはいただいている。その酒の味には、記憶を失うとか、今日はどうなっても良いやとか、良いことばかりはありゃしねえ、とか、色々あるが、つまりその晩の酒は楽しい酒なのである。
で、これは雄作バンドが演奏する酔っぱらいの曲だ。
http://www.youtube.com/watch?v=5I1Cs-kaU8E
http://www.youtube.com/watch?v=wKoFfnUCQUc
知った人がいると
「やあやあ」
という感じになる。ボクはその人の隣りの板に座って、近頃はホッピーばかり頼む。
そうして板の向こうからホッピーと一緒に、おしぼりとお通しが出てくるのだが、最近婆裟羅店主の元で焼き物担当をしている田口くんがそのお通しに色々とアイディアを出しているようで、その日は
「穴子の背骨の揚げ物」
が出て来た。
「旨いよこれ」
と言ったら田口くんは
「意外に手間がかかりました」
と苦笑いをしている。赤提灯道はボクたちのような酔っぱらいが板の外でおもっている以上に、奥が深いのである。
タンとカシラを二本ずつ塩で頼む。この店でわがままを言ってガツのしょうゆ焼きを品書きに加えてもらったのは、この場所が「文蔵」という赤提灯だったころからの、ボクを含めた常連たちであるから、ボクはいつもそのガツのことは気にかけている。ただホッピーを飲み始めていただく婆裟羅のタンとカシラの塩焼きは特別なような気がボクはしている。こんなことを言っては何だが、婆裟羅がこの場所で赤提灯を灯した四年近く前、そのモツ焼きの粒は小さかった。ボクはそれに文句があった訳ではない。品代からして正当だとおもっていたし、婆裟羅には婆裟羅の流儀があることはボクたち客も理解しなければいけない。ところが、今婆裟羅に行ってモツ焼きを頼んでみると、その炭で焼かれる肉の粒がほど良く大きくなっている。その大きさを文蔵と比べてはいけない。文蔵は極端に言えば
「モツ焼きの店」
つまり、モツ焼きを下手に頼んだらもう何も腹に入らない、という店だったが、婆裟羅は他にも品の良い品を数多くそろえている赤提灯である。だからそのモツ焼きの大きさは、他の品にも触手がのびるちょうど良い大きさだといえると、ボクは勝手におもっている。それからモツ煮込みを食べて飲んでも、最後には「ねぎそば」にいけるぞお、という具合である。
ボクは婆裟羅ではたいてい酔っぱらっているから、その店の肴のことも、酒のこともよく分からないで飲んでいることが多いが、文蔵時代からの常連たちがわがままを言って、文蔵が出していた唯一の酒
「久寿玉」
を
「婆裟羅でも置いてくれよ」
という声に応えて婆裟羅店主が店に置いてくれるようになったその酒を、たぶん最後にはいただいている。その酒の味には、記憶を失うとか、今日はどうなっても良いやとか、良いことばかりはありゃしねえ、とか、色々あるが、つまりその晩の酒は楽しい酒なのである。
で、これは雄作バンドが演奏する酔っぱらいの曲だ。
http://www.youtube.com/watch?v=5I1Cs-kaU8E
http://www.youtube.com/watch?v=wKoFfnUCQUc
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