谷保路地裏の赤提灯-91

谷保路地裏の赤提灯「婆娑羅」の扉を開ける。

Lの字の板の上はほどよく混んでいる。知った顔の人たちにアイサツしてからホームベース席に腰かけて、店主と一緒に板の中で忙しそうに働いている女の娘にホッピーを頼む。
ホッピーというモノを、最近家でも試してみることがあるのだけれども、当たり前なことだが、どの焼酎と、どのホッピーを合わせるかで、味わいが全然違うということに気づいた。婆娑羅のホッピーは旨い。ほどなくボクの板の上に、そのホッピーが届いた。

婆娑羅店主に煮込みを頼んでタバコに火をつける。そうしてホームベース席で飲んでいると、L字の板の一塁側も三塁側も板の中もよく見える。しかし、そこにいる客たちは銘々静かに語らったり、大声で楽しそうに笑いあったり、板の中はその客たちが注文したモツ焼きその他酒肴の準備に少し忙しそうだったりしているので、ボクは黙って、婆娑羅店内の無音のテレビを見ていた。ボクシング中継である。こんなゴールデン・タイムに放送されているくらいだから、タイトル・マッチであることは間違いない。ボクはボクシングを
「これほどピュアなスポーツはない」
と常日頃からおもっているので、好きとか嫌いとかではなく、無視は出来ない感じになる。絶対にマネの出来ないことをあの人たちはしている、例えばそれは、ロケットで月まで行って帰ってくるくらいのことだと、ボクにはどうしてもおもえてしまう。だからボクの板に煮込みを持ってきてくれた店主に
「この日本選手は誰だい」
ときいてみようとおもっていたのだがそのとき、婆娑羅の扉を開けて歯医者のK先生が店に入ってきたので
「これはこれは」
という感じになる。ボクがいるホームベース席の右に腰かけたK先生と、改めてアイサツする。

K先生もホッピーを頼んだ。そいつで乾杯して飲み始める。ボクシングも宇宙も、いとも簡単にどこかに消えうせていく瞬間である。
「忙しいですか」
と先生が言うのでボクが
「まあ、忙しいんでしょうかねえ。今日はこんな風に飲んでますけど」
と言ったら先生は
「それは、本業ですか副業ですか」
などということを言うのでボクは慌てて
「両方をいっぺんにやるのは大変ですね。だから身のほど身のほどとおもってやってます」
と答える。先生は婆娑羅店主に焼き魚を頼む。ボクはカシラとタンとネギを塩で頼んで、ホッピーの中身をもらう。

先生もホッピーの中身を頼んだ。そんな風に飲み進める先生はボクの父親よりもみっつも年配の方であるから
「相変わらずお元気ですねえ」
と言って感服してしまう。そんなマネはなかなか出来るものではないとボクはおもっている。
「これでもね、前ほどには飲めなくなりました。ただどうしてもね、こういう場所が好きなのでね。年甲斐もなく来てしまう訳ですよ」
先生がそう言ったら、L字の板の長い方の板で飲んでいた常連客が
「そうそう、夕べもここでお会いしましたもんね」
と大声で言ったから、板の上のボクたちは大笑いする。

婆娑羅店主に久寿玉をもらう。K先生が
「そういえば、文酔連の花見の予定が決まったようですよ」
と言ってその日付を教えてくれたからボクは
「ああ、もうそんな時分になるんですねえ。必ずうかがいます」
と答えるが、酔ってきいたその日付を、ボクが憶えていられるかは分からない。
「先生は行かれますか」
と言うと先生は
「もちろん行きますよ」
と言うからボクが
「あの集まりは特別ですもんねえ」
と言うと先生が
「特別、ですか。どんなところが」
という風なことを言ったので、先生には何十年も続いてきた年間行事のひとつだから、ボクとは受け止め方が少し違うのかな、とおもいながら
「特別ですよ。会いたいとおもっていて日頃会えない人たちが、そこに行けばワンサカいる訳ですからね」
と言ったら先生も
「まあそうですね。この場所が文蔵だったときの常連客たちが、丸信の餃子やら酒を持ち寄って、確かに集まってきますね」
と言って笑った。
久寿玉のおかわりをもらう。
「ああ、これが文蔵の酒だったんだなあ」
とおもう。いつもより余計に飲んでしまうパターンになっていることに、酔っているとなかなか気づくことが出来ない。

ところで、ボクは今年になってから婆娑羅が店で出し始めた「ねぎそば」という品をとても気に入っている。婆娑羅は開店当初から、店主が手打ちしている蕎麦を出すというとても珍しいモツ焼き屋であって、その蕎麦も大変人気を集めている品書きのひとつだが、ねぎそばは、茹でた中華麺にみじん切りの長ネギを、ラー油と店主特製のタレで絡めて皿に盛るという一品で、秀逸なのだ。いわゆる油そばとか、そういう類いのモノとは一線を画している。さっぱりしていて味がある、品のある一品だ。

しかしその「ねぎそば」が店主曰く
「手間は変わらないので」
という理由で皿に物凄い量で盛られ板に出される。とても飲んで喰ったあと一人で食べきれる分量ではない。しかし、飲み歩いたあとラーメン店に寄るが如く、そんなメタポに近いことをやりたくなる。それくらいその「ねぎそば」は旨いのだ。せっかくだから食べていきたいとおもう訳だ。だからそういうとき、隣りのK先生がもう家路についたころだとして、ボクは婆娑羅の板の上にいる比較的親しい人を探して
「ワリカンでボクとねぎそばを頼んでみませんか。もし口に合わなければ、ボクが全額支払いますから」
と言う。今のところそのねぎそばをボクと一緒に食べて
「これはねえ」
と苦言を述べた人にボクは会っていないから、その「ねぎそば」は旨いに違いない。実際に旨いのだ。しかし、こういうモノをモツ焼きと酒の店で出して良いのか、という議論になる訳だが、ボクは
「全然構わない」
とおもっている。






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