Baseball boy- -5
今日の休日は小四の息子が所属する野球チームの三多摩大会公式戦が予定されていたので、昨日同様に早起きして準備を始めたが、夕べからの雨でグラウンド・コンディションが悪く、中止の連絡が来る。高校一年の娘は、ボクと息子が早起きしたときすでに、吹奏楽の部活に出かけたあとだった。
息子チームの野球の試合は中止になったが、我が野球チームがみすみすたまにの休日の練習機会を放棄するはずはないとおもっていたらすぐに
「昼からいつものグラウンドで練習」
という連絡が入った。
ボクは息子とユニフォームに着替え、昼食にはだいぶ早い時間にカミさんが朝早く作ってくれていたにぎり飯を食べて、自転車でグラウンドに向かう。こんな風にボクの意思以外の風に吹かれて行動していると
「やれやれ、ボクはこんな風に野球に夢中になったりはしなかったけどなあ」
とおもいながら、グラウンドに着いてチームの子供たちや監督やコーチたちと合流すると、そのときにボクの気持ちはまんざらではなくなる。こんな風に夢中になって野球をやっている人たちと接するのはボクには初めてだったということもあるが、その真剣さというのは、ボクのような野球のド素人を釘付けにしてしまうくらいの魅力を放っている。ボクが野球というスポーツを、プロ野球やメジャー・リーグを通じて好きだったということはあるにしても、こんなにもピュアにひとつのことに打ち込んでいる集団の姿というものには、現実離れした迫力がある。そんな風に休日の時間を使うことのない人たちからすれば
「馬鹿みたい」
なくらいに野球馬鹿なのである。このグラウンドでプレーしている子供たちから、プロ野球選手を生み出そうとか、そういう営利なことをまったく目的にしていないそのグラウンドには、有無も言わさぬ迫力がある。そこには、例えばこのあいだまでは出来なかったプレーをしようとか、チーム・メイトを助けるプレーをしようとか、チームの試合を勝利に結びつけていこうとか、そういう目的意識の向こうに夢があるのが分かる。その夢は、狭い世界の事柄であるかも知れないけれども、何というか、そういうことと無関係に暮らしている大多数の人たちには絶対に分からないモノを、そこにいる子供たちは絶対に手にしているということは、野球にド素人のボクにも分かる。
息子チームの監督から、野球というスポーツは
「相手よりも一点でも多く得点することを目的にする」
というスポーツであると教えてもらった。そのことはもちろん知っていたが、野球という現場にいると、そのことの難しさと楽しさも教えてもらえる。ボクも実際にノックを受けたりキャッチャーをしたりしているが、基礎体力、柔軟性、瞬発力、状況判断、臨機応変な準備、そういうスポーツ選手に必要なすべてが備わっていなければ、野球は出来ない。そうしてだから野球は楽しい。
ボクはこの野球チームと関わって
「Baseball boy」
という曲をもらった。そのチームの子供たちからもらった曲であるから、いつか子供たちの前で演奏したいとおもっているが、先日の四谷コタンでのワンマン・ライヴで、やっとのこと演奏出来たに過ぎないので、キチンと音源に残した上で
「これはみんなからもらった曲だよ」
と、息子チームの子供たちに聴いてもらいたいとおもっている。
そうしてボクと同じように音楽をやっている娘とは
「だからさ、音楽も野球と同じで、グルーヴ感なんだよ」
とか言いながら、いつか一緒に演奏出来ればとおもっている。そうして一緒に酒が飲めれば、なおのこと良い。
息子チームの野球の試合は中止になったが、我が野球チームがみすみすたまにの休日の練習機会を放棄するはずはないとおもっていたらすぐに
「昼からいつものグラウンドで練習」
という連絡が入った。
ボクは息子とユニフォームに着替え、昼食にはだいぶ早い時間にカミさんが朝早く作ってくれていたにぎり飯を食べて、自転車でグラウンドに向かう。こんな風にボクの意思以外の風に吹かれて行動していると
「やれやれ、ボクはこんな風に野球に夢中になったりはしなかったけどなあ」
とおもいながら、グラウンドに着いてチームの子供たちや監督やコーチたちと合流すると、そのときにボクの気持ちはまんざらではなくなる。こんな風に夢中になって野球をやっている人たちと接するのはボクには初めてだったということもあるが、その真剣さというのは、ボクのような野球のド素人を釘付けにしてしまうくらいの魅力を放っている。ボクが野球というスポーツを、プロ野球やメジャー・リーグを通じて好きだったということはあるにしても、こんなにもピュアにひとつのことに打ち込んでいる集団の姿というものには、現実離れした迫力がある。そんな風に休日の時間を使うことのない人たちからすれば
「馬鹿みたい」
なくらいに野球馬鹿なのである。このグラウンドでプレーしている子供たちから、プロ野球選手を生み出そうとか、そういう営利なことをまったく目的にしていないそのグラウンドには、有無も言わさぬ迫力がある。そこには、例えばこのあいだまでは出来なかったプレーをしようとか、チーム・メイトを助けるプレーをしようとか、チームの試合を勝利に結びつけていこうとか、そういう目的意識の向こうに夢があるのが分かる。その夢は、狭い世界の事柄であるかも知れないけれども、何というか、そういうことと無関係に暮らしている大多数の人たちには絶対に分からないモノを、そこにいる子供たちは絶対に手にしているということは、野球にド素人のボクにも分かる。
息子チームの監督から、野球というスポーツは
「相手よりも一点でも多く得点することを目的にする」
というスポーツであると教えてもらった。そのことはもちろん知っていたが、野球という現場にいると、そのことの難しさと楽しさも教えてもらえる。ボクも実際にノックを受けたりキャッチャーをしたりしているが、基礎体力、柔軟性、瞬発力、状況判断、臨機応変な準備、そういうスポーツ選手に必要なすべてが備わっていなければ、野球は出来ない。そうしてだから野球は楽しい。
ボクはこの野球チームと関わって
「Baseball boy」
という曲をもらった。そのチームの子供たちからもらった曲であるから、いつか子供たちの前で演奏したいとおもっているが、先日の四谷コタンでのワンマン・ライヴで、やっとのこと演奏出来たに過ぎないので、キチンと音源に残した上で
「これはみんなからもらった曲だよ」
と、息子チームの子供たちに聴いてもらいたいとおもっている。
そうしてボクと同じように音楽をやっている娘とは
「だからさ、音楽も野球と同じで、グルーヴ感なんだよ」
とか言いながら、いつか一緒に演奏出来ればとおもっている。そうして一緒に酒が飲めれば、なおのこと良い。
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