Music from our house-8
明日は次回コタンでのライヴに備えて「OUR HOUSE」で練習なので、ボクはまた三田に出かける。二郎ラーメンを食べようとはおもっていない。何しろ相変わらずの大変な行列だろうし、何より練習の鬼でバンド・メンバーのP太郎に
「お前、三田に来るのは二郎を喰うためか」
と言われかねない。ボクは
「いえいえ、アナタと練習をさせていただくためですよ」
という態度を崩す訳にはいかない。
ボクがY高校に入学して、明日一緒にスタジオに入るP太郎と、荒井潔と池田とバンドを組んで、OUR HOUSEに出入りするようになったその時期、ボクたちはタバコを本格的に始めていたが、酒にも手をそめようとしていた。そして当時オープンして一年足らずの貸しスタジオ「OUR HOUSE」には、AスタジオにもBスタジオにもスタンド式の大きな灰皿が設置されていて、ドリンクのスタジオ内持ちこみに関しても、何らおとがめもない時代だったので、ボクたちはよく、今はコンビニになってしまった近所の酒屋に行って、缶に入ったジンフィズを買ってスタジオに持ちこんでいた。それは今考えてみるとアルコール度1パーセントほどのソフトドリンクだったが、ボクたちはスタジオで演奏の合間にそんなモノを飲み、タバコをふかしていた。何とも大らかな時間だった。それを許していたのはOUR HOUSEの社長だ。
バンドが高校で初めての学園祭に出られなかったとか色々あったとき、ボクたちはOUR HOUSEで自分たちの演奏をレコーディングしようと考えた。OUR HOUSEには、当時は確か16チャンネルだったとおもうけれどもキチンとした録音設備があって、何よりボクたちは社長を頼りにしていた。だからそのことを社長にお願いした。
ビートルズの「ゲット・バック」と「カム・トウギャザー」と「サムシング」と「バースデイ」を録音するつもりだった。
そうしてボクはそのときのことをここに書いていて、P太郎にコメントされるまでまったく忘れていたことだが、P太郎の中学の同級生のHくんがそのレコーディングに参加してくれていたのを憶いだした。Hくんはとても器用なキーボーダーで、まるでビリー・ブレストンみたいにボクたちにつき合ってくれた。その音を今でも聴くことが出来るが、Hくんはボクがアドリブで歌った「ヒア・ゼア・アンド・エブリフエア」の演奏に完璧についてきていたし、ボクの方がベース・ラインを間違えるほどだった。
そのあと、ボクたちがスタジオで酒を飲んだのも憶いだした。酒というのは、本物の日本酒である。
「お前、そんなモノを持ってきていたのか。いくら学校の先生のチェックがないとしても、堂々とし過ぎじゃないか」
ボクが荒井に言うと、彼は言った。
「いいから少し飲んでみろ。旨い酒だぜえ」
ボクはそれをペロッという感じで飲んだ。
「旨いな。もう少しくれ」
「お前、分かっているのか。ジョンはもういないんだぜ」
「それじゃあポールは何で日本に入国出来なかったんだ。その方が問題じゃないか」
「だからさ、大麻をリンダの下着に隠しておけばよかったって話しだろう」
「ああ、そうさ。それに他にも色々手段はあったはずだ」
「だけどさあ、仕方ないだろう。俺たちはポールにもジョンにも会えないんだ」
そのあとOUR HOUSEのAスタジオのスタンド式灰皿が倒れ、社長がバケツと雑巾を持って走っていた光景を、P太郎からきかされて鮮明に憶いだした。
ボクたちをはじめとするOUR HOUSEの利用者が過去に起こしたことから、今OUR HOUSEはスタジオ内禁酒禁煙である。そのことは重く考えなくてはいけない。人に迷惑のかかることはしてはいけない。
「お前、三田に来るのは二郎を喰うためか」
と言われかねない。ボクは
「いえいえ、アナタと練習をさせていただくためですよ」
という態度を崩す訳にはいかない。
ボクがY高校に入学して、明日一緒にスタジオに入るP太郎と、荒井潔と池田とバンドを組んで、OUR HOUSEに出入りするようになったその時期、ボクたちはタバコを本格的に始めていたが、酒にも手をそめようとしていた。そして当時オープンして一年足らずの貸しスタジオ「OUR HOUSE」には、AスタジオにもBスタジオにもスタンド式の大きな灰皿が設置されていて、ドリンクのスタジオ内持ちこみに関しても、何らおとがめもない時代だったので、ボクたちはよく、今はコンビニになってしまった近所の酒屋に行って、缶に入ったジンフィズを買ってスタジオに持ちこんでいた。それは今考えてみるとアルコール度1パーセントほどのソフトドリンクだったが、ボクたちはスタジオで演奏の合間にそんなモノを飲み、タバコをふかしていた。何とも大らかな時間だった。それを許していたのはOUR HOUSEの社長だ。
バンドが高校で初めての学園祭に出られなかったとか色々あったとき、ボクたちはOUR HOUSEで自分たちの演奏をレコーディングしようと考えた。OUR HOUSEには、当時は確か16チャンネルだったとおもうけれどもキチンとした録音設備があって、何よりボクたちは社長を頼りにしていた。だからそのことを社長にお願いした。
ビートルズの「ゲット・バック」と「カム・トウギャザー」と「サムシング」と「バースデイ」を録音するつもりだった。
そうしてボクはそのときのことをここに書いていて、P太郎にコメントされるまでまったく忘れていたことだが、P太郎の中学の同級生のHくんがそのレコーディングに参加してくれていたのを憶いだした。Hくんはとても器用なキーボーダーで、まるでビリー・ブレストンみたいにボクたちにつき合ってくれた。その音を今でも聴くことが出来るが、Hくんはボクがアドリブで歌った「ヒア・ゼア・アンド・エブリフエア」の演奏に完璧についてきていたし、ボクの方がベース・ラインを間違えるほどだった。
そのあと、ボクたちがスタジオで酒を飲んだのも憶いだした。酒というのは、本物の日本酒である。
「お前、そんなモノを持ってきていたのか。いくら学校の先生のチェックがないとしても、堂々とし過ぎじゃないか」
ボクが荒井に言うと、彼は言った。
「いいから少し飲んでみろ。旨い酒だぜえ」
ボクはそれをペロッという感じで飲んだ。
「旨いな。もう少しくれ」
「お前、分かっているのか。ジョンはもういないんだぜ」
「それじゃあポールは何で日本に入国出来なかったんだ。その方が問題じゃないか」
「だからさ、大麻をリンダの下着に隠しておけばよかったって話しだろう」
「ああ、そうさ。それに他にも色々手段はあったはずだ」
「だけどさあ、仕方ないだろう。俺たちはポールにもジョンにも会えないんだ」
そのあとOUR HOUSEのAスタジオのスタンド式灰皿が倒れ、社長がバケツと雑巾を持って走っていた光景を、P太郎からきかされて鮮明に憶いだした。
ボクたちをはじめとするOUR HOUSEの利用者が過去に起こしたことから、今OUR HOUSEはスタジオ内禁酒禁煙である。そのことは重く考えなくてはいけない。人に迷惑のかかることはしてはいけない。
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