Baseball boy-98
ニグロ・リーグについて、誰かと話しがしたい。
現在でも、人種差別の問題は、世界中から根絶している訳ではない。だから1800年代にアメリカで発祥していったベースボールという世界にも、どちらが上でどちらが下かという人種のラインが引かれていったのは、その歴史から必然だったのだろう。白人の手によって組織されていったメジャー・リーグというプロ・ベースボールのチームに、黒人は所属することが出来なかった。
しかし、アメリカの人たちというのはポジティヴである。それをマイナスには捕えない。黒人は黒人だけのニグロ・リーグというプロ・リーグを組織して、メジャー・リーグに対抗していく。ビジネスとしてもキチンと成立していたというから、伊達や酔狂ではないのである。
そしてそのニグロ・リーグから、たくさんの、規格外のプレーでファンを魅了するプレーヤーたちが続々と登場する。
「Baseball boy-97」
でも触れたけれども、その代表的なプレーヤーが、2000勝を上げたといわれるサチェル・ペイジと、800本以上のホームランをカッ飛ばしたというジョシュ・ギブソンンである。
彼らがそのプレーで黒人ファンを魅了していたのは主に第二次世界大戦前のことであるが、メジャー・リーグは彼らに門戸を開かなかった。それが1945年、日本における敗戦の年になって、ニグロ・リーグの若きスーパースター、ジャッキー・ロビンソンがとうとうメジャー・リーグに引き抜かれた。ペイジもギブソンンもこのニュースには大いに驚き、憤慨した。そのことをおもうと時代のほんの少しのズレに、ボクも胸が熱くなるが、そのことは今は歴史と認めるしかない。ともかく、メジャー・リーグもいよいよボジティヴさを発揮し始める。
「ベースボールに国境も人種もない。素晴らしいプレーヤーを迎え入れるときが来たのだ」
そのように、アメリカが持つフロンティア・スピリッツを発動させた人物が当時のメジャー・リーグにいたのだ。その人物のことを書き始めると話しが長くなるのでまたの機会に務めることにするが、アメリカでベースボールが生まれて、だけど黒人は白人とベースボールが出来ない時代が長く続いた。しかしその重い扉を開いたのは、ニグロ・リーグとメジャー・リーグ、両方なのである。
そしてそれは今に続き、日本からも、中南米からも、ヨーロッパからもプレーヤーが集まり、メジャー・リーグで熾烈な競争を繰り広げながら、その競技を楽しんで、ボクたちファンも楽しませてくれているのである。
ああ、だからボクは青山の友人から借りた文献から知ったこのニグロ・リーグのことを、誰かと話したい。しかしながら、ただでさえ野球のことで話しが弾む相手というのは、そうそういるものではない。ましてやニグロ・リーグなるディープな話題となると、例えば街で
「ビートルズのハー・マジェスティという曲を知っていますか」
と道行く人にきいて
「知っている」
と応える人を見つけるようなものである。
そういうときに限って、ボクにそのニグロ・リーグの文献を貸してくれた青山の友人も喫煙所にやってきやしない。喫煙所から見える赤坂御所を恨めしく眺める。その宮様の家に、本当に恨みがある訳ではない。
「どこかのラジオ局の深夜放送で、二時間くらいニグロ・リーグの話しをさせてくれないかなあ(これは、作家の吉行淳之介さんが随筆で書いている、迷惑な来客である遠藤周作さんと安岡章太郎さんが吉行邸をあとにする際、口々にしていたことをなぞっている。彼らが何について話したいと言っていたかは書かない)」
それでボクは仕事を片づけて、帰りの電車に揺られながら憶いだした。
「そうかあ。家に帰れば正に野球少年がいるではないか」
しかしその野球少年、明日の土曜日から、中学最後の秋の大会に続く予選トーナメントを控えている。ボクももちろん観戦するつもりだ。
だからそういう大事な試合を明日に控えた息子に、ニグロ・リーグという、今の彼には必要がないに違いない話しを、アレコレまくし立てるのはいかがなものかとおもいながら、電車とバスはボクを自宅に連れ戻す。
それにしても、ペイジもギブソンも物凄いプレーヤーだった。呆気にとられるほどだ。こう言っちゃ何だが、沢村栄治も敵わない、凄い連中である。
で、その話しを誰かとしたいのは山々なのだけれども、息子たちの中学最後の大会が始まる。
バス停から家まで、ゆっくり吸った煙草を消して
「さあて明日からかあ」
とおもいながら、玄関を開ける。秋の本大会まで、息子たちにはどうか野球を続けていてもらいたいとおもっているのは、この地域では勿論ボクだけではない。
つづく
ボール。マッカートニー
「ハー・マジェスティ」
http://www.youtube.com/watch?v=TSlzhG1I0Wk
現在でも、人種差別の問題は、世界中から根絶している訳ではない。だから1800年代にアメリカで発祥していったベースボールという世界にも、どちらが上でどちらが下かという人種のラインが引かれていったのは、その歴史から必然だったのだろう。白人の手によって組織されていったメジャー・リーグというプロ・ベースボールのチームに、黒人は所属することが出来なかった。
しかし、アメリカの人たちというのはポジティヴである。それをマイナスには捕えない。黒人は黒人だけのニグロ・リーグというプロ・リーグを組織して、メジャー・リーグに対抗していく。ビジネスとしてもキチンと成立していたというから、伊達や酔狂ではないのである。
そしてそのニグロ・リーグから、たくさんの、規格外のプレーでファンを魅了するプレーヤーたちが続々と登場する。
「Baseball boy-97」
でも触れたけれども、その代表的なプレーヤーが、2000勝を上げたといわれるサチェル・ペイジと、800本以上のホームランをカッ飛ばしたというジョシュ・ギブソンンである。
彼らがそのプレーで黒人ファンを魅了していたのは主に第二次世界大戦前のことであるが、メジャー・リーグは彼らに門戸を開かなかった。それが1945年、日本における敗戦の年になって、ニグロ・リーグの若きスーパースター、ジャッキー・ロビンソンがとうとうメジャー・リーグに引き抜かれた。ペイジもギブソンンもこのニュースには大いに驚き、憤慨した。そのことをおもうと時代のほんの少しのズレに、ボクも胸が熱くなるが、そのことは今は歴史と認めるしかない。ともかく、メジャー・リーグもいよいよボジティヴさを発揮し始める。
「ベースボールに国境も人種もない。素晴らしいプレーヤーを迎え入れるときが来たのだ」
そのように、アメリカが持つフロンティア・スピリッツを発動させた人物が当時のメジャー・リーグにいたのだ。その人物のことを書き始めると話しが長くなるのでまたの機会に務めることにするが、アメリカでベースボールが生まれて、だけど黒人は白人とベースボールが出来ない時代が長く続いた。しかしその重い扉を開いたのは、ニグロ・リーグとメジャー・リーグ、両方なのである。
そしてそれは今に続き、日本からも、中南米からも、ヨーロッパからもプレーヤーが集まり、メジャー・リーグで熾烈な競争を繰り広げながら、その競技を楽しんで、ボクたちファンも楽しませてくれているのである。
ああ、だからボクは青山の友人から借りた文献から知ったこのニグロ・リーグのことを、誰かと話したい。しかしながら、ただでさえ野球のことで話しが弾む相手というのは、そうそういるものではない。ましてやニグロ・リーグなるディープな話題となると、例えば街で
「ビートルズのハー・マジェスティという曲を知っていますか」
と道行く人にきいて
「知っている」
と応える人を見つけるようなものである。
そういうときに限って、ボクにそのニグロ・リーグの文献を貸してくれた青山の友人も喫煙所にやってきやしない。喫煙所から見える赤坂御所を恨めしく眺める。その宮様の家に、本当に恨みがある訳ではない。
「どこかのラジオ局の深夜放送で、二時間くらいニグロ・リーグの話しをさせてくれないかなあ(これは、作家の吉行淳之介さんが随筆で書いている、迷惑な来客である遠藤周作さんと安岡章太郎さんが吉行邸をあとにする際、口々にしていたことをなぞっている。彼らが何について話したいと言っていたかは書かない)」
それでボクは仕事を片づけて、帰りの電車に揺られながら憶いだした。
「そうかあ。家に帰れば正に野球少年がいるではないか」
しかしその野球少年、明日の土曜日から、中学最後の秋の大会に続く予選トーナメントを控えている。ボクももちろん観戦するつもりだ。
だからそういう大事な試合を明日に控えた息子に、ニグロ・リーグという、今の彼には必要がないに違いない話しを、アレコレまくし立てるのはいかがなものかとおもいながら、電車とバスはボクを自宅に連れ戻す。
それにしても、ペイジもギブソンも物凄いプレーヤーだった。呆気にとられるほどだ。こう言っちゃ何だが、沢村栄治も敵わない、凄い連中である。
で、その話しを誰かとしたいのは山々なのだけれども、息子たちの中学最後の大会が始まる。
バス停から家まで、ゆっくり吸った煙草を消して
「さあて明日からかあ」
とおもいながら、玄関を開ける。秋の本大会まで、息子たちにはどうか野球を続けていてもらいたいとおもっているのは、この地域では勿論ボクだけではない。
つづく
ボール。マッカートニー
「ハー・マジェスティ」
http://www.youtube.com/watch?v=TSlzhG1I0Wk
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