Walking on the street-108

「Waiking on the street」という曲を、ボクは去年の夏過ぎに書いた。このブログに、そういうタイトルで文章を書き始めていたので、そのタイトルの曲があったら良いなとおもっていた最中に、その曲は出来た。

その曲を初めてコタンのリハーサルで演奏したときに、まだ出来立てのグチャグチャだったその曲をホメてくれた人がいて、その言葉はボクに大変な勇気をくれた。ボクは今、P太郎という昔馴染みのバンド仲間とライヴを始めていて、その曲もレパートリーにしているが、あのときのその言葉がなければ、ボクはこの曲をそれ以上暖めることはなかったかも知れない。

その曲で、ボクはこう歌おうとしている。

ボクは道を歩いている。生まれてからずっと、何の疑問もなく歩いている。そうするほかないし、イヤなこともあるが、素敵なこともある。
子供のころ、進学するたびに世界が広がっていくようで、それは気分の良いものだった。そこでは良いことよりもイヤなことの方が多かったかも知れないが、ボクはよかったとおもった。そうしてボクは歩いていくことに何の疑問も持たなかった。
大人になってイヤなことも増えたが、ときたま起こる素敵な出来事が、それまで以上に大切におもえるように、次第次第になった。それは本当に大切なモノで、だけどうっかりすると通り過ぎてしまうようなモノだった。ずい分もったいないこともあったのだろうが、その少しはボクも得ることが出来て、道を歩く力になった。
だけど考えてみると道を歩くということは、時間の速度に遅れたり進み過ぎたりしながら、自分のペースでいけば良いのだから、そんなに重く考えることではないのだとおもう。

ボクはそのように道を歩いて来る過程で
「お前は馬鹿か。こんな数学の問題も解けずにいて」
とか
「タバコなんぞを吸いやがって。ケツを出せ」
と言われてバットでケツをブン殴られたりして、そういうマネはこんりんざいしまいとおもって歩いてきた。実はそんなことはないのであるが、そのときはそうおもうものである。

ボクは今、良い大人になっているが、そういうことを繰り返していて、今に至っている。
「Walking on the street」はそういう曲で、ボクが酔っ払っていて、何をしでかしているか分からないところも、その曲は歌っている。しかしそれがボクがしでかしたことの言い訳になるとは微塵もおもっていない。

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