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zoom RSS Walking on the street-641

<<   作成日時 : 2017/02/20 17:53   >>

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春美荘で暮らしていた五年間のあいだ、実は隣りの部屋で暮らしていた18号室さんとボクは一緒にどこかの店に行ったり、お互いの部屋でお酒を飲んで語り合ったことがない。ただボクはアパートの外付けの階段をトントントンと上がって二階にあった20号室の自分の部屋へ向かう途中、開けっ広げられた18号室の整理整頓された室内をチラッとのぞき見て
「キチッとした人なんだなあ」
といつも感心するばかりだった。20号室のボクの部屋は空いた酒瓶と洗濯物の山で足の踏み場もないほどだったから、そのコントラストは今でも鮮明に印象に残っている。

休日になると、彼は朝から洗濯を始める。彼の部屋の玄関先には入居したはじめから洗濯機があった。洗濯物をパンパンパンと気持ちの良い音を轟かせながら部屋の窓の軒下に干していく。ボクは当時の仕事先のパートさんがお古になったニ槽式の洗濯機を分け与えてくれるまで二年ほどコインランドリー生活を送っていたので、その光景と音質は文明開化を告げる行進曲のように感じられて新鮮だったものだ。

ボクが暮らしていた20号室からはのべつ幕無しに騒音が発せられていたはずで、のちに恐る恐る18号室さんにそのことをきいてみたことがあるが、彼は楽しそうに
「延々と同じリフをギターで弾いていたことがあったよね」
と言って笑ったのでボクも憶いだした。カミさんと知り合って作った「青梅線にのって彼女はバックホーム」を、ボクがギターで弾き殴っていたときのことだ。

ボクが出演し始めたライヴハウス四谷コタンに、彼はよく来てくれた。もっとも彼は元々コタンの常連客であり、店長とも懇意の仲だったのでボクはそのことを何だか不思議におもいながら、二人の会話を横からただ眺めていた。
そんな風だったのは今おもうと不思議である。春美荘時代、ボクと18号室さんは二人が懇意にしていた近所の「原食堂」でも「井上食堂」でも、いわんや「末広」でも席を共にしたことがなかった。ボクと彼が顔を合わせて話しをするのは、春美荘からわざわざ三十数キロ離れた四谷コタンでのことか、あとは春美荘の傍にあった銭湯帰りに道端で出くわして
「よお、今夜も下駄履きかい」
とボクが言うと彼が
「今度またコタンに行くよ」
というくらいのことであった。本当にその程度の関係だった訳だ。


二十五歳のときにボクが「青梅線にのって彼女はバックホーム」の彼女と結婚を決めたとき、やっぱり銭湯の行き帰りに彼と道端でバッタリ会って
「やあ」
とか
「よお」
とかのアイサツのあとにボクはそのことを彼に告げた。

「春美荘を出ていくのかい」
「ああ」
「いつ」
「来週の週末」
「それは急だなあ」

ボクが春美荘を出て行く本当の前日、どちらが言い出したのかは忘れたけれど、ボクと春美荘18号室さんは、そのアパートまでの道を案内するには便利な、西野の交差点、郵便局の東隣りにあった「清瀧」という小さな居酒屋で、今おもうと珍しい透明な一合瓶の澤乃井を、たぶん二十本くらいは空けて話し込んだ。
今でもそのときの話しの何分の一かは憶えているから自分では大したものだとおもうのだけれど、残りの話しのほとんどを記憶していないというのは、お酒が過ぎたせいだろう。
そうしてボクはその晩
「ああ、春美荘18号室さんと会うのもこれが最後だろうなあ」
とボンヤリおもっていた。


それから、第一次長嶋監督の解任、ボクシング、マイク・タイソンの台頭、NASAチャレンジャー号の爆発事故、江川卓の引退、東西冷戦の壁崩壊、ボクが出演するライヴハウス四谷コタンには生意気な奴がデカい顔をしてJリーグ開幕、大震災が西に東に襲いかかったあと、小林繁さん死去、そんな三十年が過ぎた。


先日書いたとおり、ボクと18号室さんは数年前、二人のゆかりの土地である「春美荘ツアー」を行った。その目的には色々キレイごとを並び立てることも出来るけれど、その日は雨で
「雨かい」
「ああ、あいにくだね」
とか言いながら、ボクと彼は、武蔵境駅から大人の足で徒歩二十五分のその店まで歩いた。


そうしてたどり着いたその店の、ボクたちに対するその店の態度はこうだ。

「今日、空調工事のため、臨時休業します。末広」




Photografh
Ringo Starr
https://www.youtube.com/watch?v=Ptctz_rnkJ8
































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