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zoom RSS Walking on the street-640

<<   作成日時 : 2017/02/15 21:41   >>

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三鷹市の西南端にあたる西野の交差点傍に春美荘というアパートがあって、ボクはそのアパートの二号棟20号室で二十歳から五年間を暮らした。
1985年当時築四十年、風呂なし、六畳間に三畳ほどの台所に和式トイレというボロアパートだったが、入居当初の家賃ニ万円は格安だった。

最寄り駅の中央線武蔵境からは徒歩二十五分という立地であったから、休日の生活は西野の交差点を中心に完結させる必要があり、その界隈はすべての路地裏も含めて隈無く歩き回った。もっとも銭湯、雑貨屋以外にボクが重要視していたのは酒屋と飲食店であり、近所に基督教大学や自動車メーカーを抱えるその土地で、その点困ることはなく、驚くほど充実していたといっても過言ではなかった。
振る袖のないボクはすべての飲食店に良い顔をしていた訳ではない。ボクが身銭を握りしめて通うことになったのは、中華の「末広」、定食の「原食堂」、西野交差点の井上酒店が店の北側に構えていた店内の床が土間だった小屋「井上食堂」の三軒だった。
そういう店にボクは銭湯帰りに立ち寄ってビールをいただき、相応しい一品を御馳走になっていた訳だ。

二十五歳で結婚することになってボクは春美荘を出る。だからその土地で見た風景や出来事は、月日が流れてしまえば遠いおもい出としてやがては忘れ去ってしまうこととなっても不思議ではなかったかも知れない。しかしそうはならなかったのは、ボクとその時代の共通の原体験を持つ人物がいるからである。

上野生まれで育ちの彼は、西野交差点にほど近い自動車メーカー勤務となり、ボクが春美荘に住みついたすぐあとに、そのアパートのボクの隣りの部屋にやって来た。つまり春美荘18号室の住人となったのだ。

20号室のボクと18号室の彼はすぐに打ち解けて気の置けない仲になった訳ではない。ただ不思議な縁というのはあるもので、当時ボクが出演を始めたライヴハウス四谷コタンで、彼はボトルを入れて通うほどの常連客であり、すぐに自分の隣りの部屋の住人がそのライヴハウスの出演者であることに気がついていた。
休日のある夕刻、銭湯から帰って二階の20号室の角部屋の窓の桟に腰を降ろしてギターを弾いていたボクに、通りから彼は叫んだ。
「おーい、さくらいゆーさくさん。俺はアナタを知ってるよ」


ボクが春美荘を出たあと何年か、彼はまだ春美荘で暮らしていたから、たまに会うとボクにそのアパートの話しを教えてくれた。
「(春美荘の大家さん)山本のおじいちゃんの具合が悪くてね」
「そう。ボクは家賃を何度も滞納したことがあってさ、そのたびにニコニコ笑って許してもらったんだよ」
「おじいちゃんがいなくなったら、春美荘もなくなっちゃうとおもうよ」
「そう」
「たぶんね」


春美荘18号室さんとボクはその後、取り決めをした訳ではないけれど、何年かに一度は会うようにしている。それで山本のおじいちゃんが亡くなり、それでもまだ残っていたボクと彼が暮らした春美荘のニ号棟も取壊されたことを知ったので、今から数年前ほど前に
「春美荘跡地ツアーに行こうか」
ということで話しが決まり、万障繰り合わせて出かけた。

土間の小屋「井上食堂」はボクたちが春美荘に暮らしていたときに火事でなくなってしまっており、ボクも18号室さんも行くたびに説教されていた「原食堂」のお母さんも店を閉めてしまっているので、現存するゆかりの店「末広」が二人の目的地だった。店の人たちがボクたちのことを憶えてくれているかは分からないけれど、ともかくその懐かしい店で、当時は出来なかったゼイタクな酒宴を洒落込もうという訳だ。

「休みじゃないだろうな」
「月曜が定休日だから大丈夫。今日は水曜日だろう」
キレイな真新しい一軒家が立ち並んだ春美荘跡地を通り過ぎると、目的の末広が通りの向こう側に見えてきた。そのとき、18号室さんが言った。
「あれ」
「何だい」
「店、やってないのかな」

末広の店の前に立つと、旨そうな調理サンプルが並ぶショーウインドウに貼紙がされ
「本日空調工事のため臨時休業いたします。末広」
とあった。





Ronnie Lane's Slim Chance
Debris/oh la la
https://www.youtube.com/watch?v=ojKOlgBjwc4





















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