桜井雄作のブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS I'm only here-4

<<   作成日時 : 2017/02/03 18:23   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

新宿区の曙橋にライヴハウス・コタンという店がオープンしたのは昨年の12月のことで、ボクにも出演しないかという話しがきたのでオーケーと返事をしていた。

ボクは東京品川区の大井町生まれであるから、そのことを知り合った人に話しをすると
「おやまあ下町っ子ですなあ」
とか言われたりするが、大井町は決して江戸下町の文化とは違う明治維新以降発展した新しい土地であるし、何よりその界隈の連中にとって浅草とか根津とか池袋なんていうのは、映画「猿の惑星」でいうところの立ち入り禁区域であり、決して足を踏み入れてはならないオソロしいところ、という意識が根強く叩き込まれていたので、東京におけるボクの料簡はとても狭いといっていい。だから、そのライヴハウスが四ツ谷にあったころ、1986年だったけれど、その店で演奏することになったとき、ボクは生まれて初めてその街に行ったのだし、当時まだ寄席や遊郭が残っていたその街の着物姿の女の人たちと接するたび、ボクはずいぶんドギマギしたものだ。
だから曙橋も同様にまたしても未知の土地であり、都営新宿線の曙橋のA2番出口を出て「あけぼのばし商店街」に入ればすぐ、と教わっていたけれど、それは甚だ心細い道のりでもある。何しろボクはいまだに渋谷と池袋の東急ハンズに迷わずにたどりつくことが出来ないという方向音痴でもある。だから、そのコタンでの初めてのライヴに際して、友人で山男でシンガーでギタリストのきーちゃんこと北爪清史氏から
「そのライヴ手伝うよ」
と声をかけてもらったときには、地球への帰還をほとんど諦めていたアポロ13号の船長が
「オーライ、ヒューストン。二酸化炭素の除去はうまくいった。次ぎはどうしたら良い」
と、暗い宇宙空間をガラス越しに眺めながら指示を仰いだ心境がまさしく分かる気がして、ボクは嬉しかった。


地球に帰還したボクに、府中のカラオケボックスできーちゃんは言った。
「ゆーさくさんからもらったセット・リストだけどね」
「ああ」
「前半に早い曲ばっかりで後半は遅い曲でしょ」
「ああ」
「それよりも、こんな感じはどう」
と言って、彼が用意してきたセット・リストを出してくれた。
「ああ、この方が良いね。これでいこう」
「てっ、ゆうーさくさん考えて言ってる」
「考えてるさ。そんな風に見えないかな」
「それなら良いけど」
「ほら、スペース・シャトルのチャレンジャー号が打ち上げ直後に爆発した事故があったろう」
「あったね」
「悲惨だよな。でもボクはアメリカのああいうフランクさは好きなんだ」
「あの船は、宇宙空間までは届かなかったんだよね」
「だから破片が地上に落ちてきただろう」
「あの映像は憶えてるよ」
ボクもきーちゃんも、カラオケボックスの利用には馴れていないから、部屋の電話が鳴ったときにはドキリとして
「お前が出ろ」
「いやお前だ」
とか言いながら受話器を取ったらフロントの店員さんから
「ご利用はあと十分です」
と言われた。

きーちゃんがボクに
「今度のライヴは打ち上がってくれよな」
と言うからボクが
「そうか、今度のライヴのきーちゃんは打ち上げ台のヒューストンな訳だな」
と言ったら
「アンタが宇宙空間まで無事に飛び立ったら、俺は下界でギターを弾いてやるよ」
と言うから
「いつもはボクたちが下界だろ」
と言ったらきーちゃんは
「さあもう帰ろう。俺も下界でしないといけないことが、こう見えてあるんだぜ」


それからボクは強引にきーちゃんを誘い、中河原の安い居酒屋で何時間も馬鹿っ話しをしたのだけれど、600円足りなくてその金を彼に借りた。







Travelng Wilbunys
「Handle with Care」
https://www.youtube.com/watch?v=L8s9dmuAKvU









テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
I'm only here-4 桜井雄作のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる