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ピヤシリの階段を駆け下りる。コタンでのライヴの前に、ここで高校時代のバンド仲間二人とおち合うことになっている。店に入ると二人ともまだ来ていない。 「また誰か来てくれはるのか」 ピヤシリの店主が嬉しそうな顔でボクに言う。 「ボクのバンド仲間がまた来るんです。遅いなあ、もう来てるとおもったのに」 ボクはビールをいただいてチビチビ飲み始めた。 「先月も来てくれはってたよなあ」 「そうです。アイツはドラマーなんですが、今日はサイド・ギターの頑固者も来ることになってまして、ピヤシリで世界一のラーメンをゆっくり食べたいというので、ここで待ち合わせしてます」 ほどなく、P太郎が階段を下りて店に入ってきた。 「よお。待ったぞ」 「あれ、もう来てたのか。ちゃんとリハーサルはしたんだろうな」 「お前たちが来るから慌ててすませてきたんだ。先にやっているぞ」 P太郎もビールを注文して言った。 「今日はお前の言うところの世界一の味噌ラーメンを食べるつもりだ。このあいだはしょうゆを食べて、あれも旨かったが、今日は世界一だ」 「そうか。是非食べてみてくれ。そこいらの味噌汁ラーメンとは違う本当の味噌ラーメンだ」 ピヤシリ店主はカウンターの向こうで、また始まったという顔をした。 角煮と煮玉子を出してもらって、ボクたちは乾杯した。 「どうだこの角煮、旨いだろう」 ボクが言うとP太郎は言った。 「旨いなあ。これはいわゆる中華風の角煮ではないな」 「半分はビールのつまみで食べていいけど、半分は残しておいてあとで頼む味噌ラーメンに入れて食べてみな。ラーメンの味が一味変わって二度おいしいんだ」 「ラーメンに合うように作られた角煮という訳か」 「そうだ。その中が半熟の煮卵もな。これだって世界一だぜ」 ボクが真顔で言うと、ピヤシリ店主は大笑いした。 P太郎が言った。 「今日はきよしちゃん来るんだろう」 「ああ、ここに来るって言ってたよ」 ちょうどそのときP太郎の携帯に荒井潔からメールが入った。 「何だって」 「えーと、東横線で人身事故、遅れる、だとさ。相変わらず律儀な奴だな」 「そして頑固だよ」 「そんなのは昔からだろう。よく分かっているよ」 「いや、だからそれに磨きがかかったということだよ」 「あれ以上頑固になりようがないじゃないか。逆に丸くなるころだぜ」 「会えば分かるよ。もう何年も会ってないんだろう」 「そうだなあ、だいぶ過つなあ」 そう言ってP太郎は 「世界一の味噌ラーメンを下さい」 とピヤシリ店主に注文した。 P太郎が味噌ラーメンを食べ始めた。 「どうだ。旨いか」 「お前の言うとおりだ。旨い。世界一だ」 ボクは嬉しくなってピヤシリ店主に言った。 「ほら、ボクだけじゃないでしょ、世界一だっておもうのは。P太郎は良いところの倅で、子供のころから旨いモノしか食べなかったんですよ。そういう男も世界一だって言うんだから間違いありません。おかげで腹がだいぶ出てしまったけどなあ」 ピヤシリ店主は、優しい顔で笑った。 しばらくすると荒井潔が店に入ってきた。ボクは言った。 「あれ、案外早かったじゃないか」 荒井は言った。 「山手線と総武線の中を走ってきたんだ。それよりP太郎、お前の食べているのは何だ」 P太郎は言った。 「ご挨拶だなあ。久しぶりとか何かあるだろう。最初の一声としては」 荒井が言った。 「そうだったな。よう久しぶり。それよりお前太ったな」 荒井はP太郎と同じ世界一の味噌ラーメンとビールを注文した。 世界一の味噌ラーメンをすすっているP太郎に荒井が言った。 「P太郎、お前はバンド演ってるのか」 ボクが替わりに答えた。 「ボサノバだってさ。ボクはベースで誘われているんだ。もちろん断るつもりだけどね」 荒井が言った。 「ボサノバあ。お前も相変わらず訳の分からん男だな」 ラーメンに一区切りつけたP太郎が言った。 「お前らは知らないだろうがな、面白いんだぞ演ってみると。それよりさ、ゆーさくバンドやる気あるか」 「ボクは良いよ。だけど池田がいないぜ。連絡の取りようはあるのか」 荒井が言った。 「池田からこちら側の誰かに連絡を取ってくるしかないだろうが、アイツはそういう奴ではないな」 ボクは言った。 「新聞の尋ね人に広告を載せるか」 P太郎が言った。 「金がかかるんだぜ。そこまでの価値は今のところないようにおもうけどなあ」 ボクは言った。 「それじゃあ三人でやるとして、池田の代わりのリードはP太郎だな。この中では一番ギターが上手い」 P太郎が言った。 「スリーフィンガーは出来ないけどな。それでゆーさくがベースとして、ところできよしちゃんギターは弾けるのか」 「そういえば、最後に触ってから一年以上過つかな」 P太郎が言った。 「それじゃあ現場復帰にはしばらくかかるなあ。練習始めろよ」 ボクは言った。 「大丈夫だよ。四十過ぎてギター始めてライヴやってる人だっているんだぜ。昔やってたんだから始めればすぐ憶いだすよ」 荒井の前にも、世界一の味噌ラーメンがきた。 世界一の味噌ラーメンを先に片づけたP太郎が、タバコに火をつけて言った。 「ところで、バンドをやるのは良いがどこでライヴする。やっぱりライヴしなきゃ意味がないだろう」 ボクは言った。 「Y高が秋の学園祭に呼んでくれないかなあ」 「馬鹿。こんな無名のおじさんたちを誰が呼ぶものか」 「無断でやるってのはどうだ。今でも講堂くらいあるんだろ。建物は新しくなったけど」 「お前馬鹿か。今度こそ家宅侵入罪で逮捕されるぞ。あのときは穏便にすませてもらったが」 「OBを警察に突き出すようなマネを学校がするかあ」 「するに決まってるだろうが馬鹿。それで、四十男三人、母校の講堂をジャック。動機は母校の講堂でライヴがしたかったためって、翌日の新聞に載るんだ。俺には妻子もあるし、今度はお断りだぜ」 荒井がそう言ったので、ボクは言った。 「そうかあ、それではただの笑い者だなあ」 P太郎が言った。 「コタンは出演者募集してないのか」 ボクは言った。 「あっ、そうか。してるしてる。木村さんに頼んでオーディション受けさせてもらえば良いんだ」 P太郎が言った。 「それじゃあそれで良いじゃないか。三人で音が聴かせられるようになったら、コタンのオーディションを受ければ。ところでお前、今夜のライヴはいいのか」 ボクは時計を見て慌てた。 「うわあ、しまった。もうこんな時間だあ。ごちそうさまでした。もう行きます」 荒井が 「俺はもうすこしゆっくりしてから行くよ」 と言うので、ボクはP太郎とすっかり肌寒くなった十一月の夜道に飛び出した。 |
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